事態の起点となったのは17世紀初頭だ。天下統一を果たした徳川家康は、海外勢力の干渉を警戒し、キリスト教の禁教令を発令した。これを受け継いだ江戸幕府は、絵踏みや踏絵の導入、さらには宗門改めといった緻密な監視社会を作り上げ、信徒徹底追放に動いた。
国家権力による執拗な追及に対し、信者たちは水面下に潜る道を選んだ。表向きは仏教徒や神道家として振る舞いながら、神棚の奥深くや押入れの背板に聖画を隠した。表面的な従順さと内面的な信仰の維持。この二重生活こそが、200年以上にわたる奇跡的な潜伏を可能にした最大の要因である。