約700年におよぶ武家社会において、成立した幕府は「鎌倉」「室町」「江戸」の3つだけです。同じ幕府という名称で括られるものの、その組織構造や支配の強度は全く異なります。
鎌倉幕府の仕組みは、将軍と主従関係を結んだ武士(御家人)による「御恩と奉公」という双務的契約関係に基づいています。土地の領有を保証する「本領安堵」や新たな土地を与える「新恩給与」という御恩に対し、御家人は軍役や京都大番役という奉公で応えました。実権が北条氏に移ると、執権と連署を中心に評定衆が政策を決める合議制官僚機構が発達しました。
対照的に室町幕府の特徴は、極めて不安定な「守護大名の連合政権」だった点です。足利将軍家の直轄領(御料所)は少なく、独自の軍事力(奉公衆)も小規模でした。そのため、斯波・細川・畠山の三管領家や、山名・赤松・一色・京極の四職家といった有力守護大名の合意形成に依存せざるを得ず、派閥争いが応仁の乱(1467年)を招き、戦国時代へと突入する構造的欠陥を抱えていました。
そして江戸幕府は、前二者の失敗を徹底的に分析して作られた「完成された封建官僚制」でした。老中を最高意思決定機関とし、三奉行(町・勘定・寺社)が行政・財政・司法を分掌する合理的な分業体制を確立したのです。