狂乱のブームはなぜ2000年代初頭にかけて急速に失速していったのか。ビジュアル系ブーム衰退の経緯と90年代V系バンド解散の真相には、音楽業界の構造的な歪みと急激な商業化が深く関わっています。
第1の要因は、メディア主導のバブルによる質の飽和です。ブームの過熱に伴い、大手レコード会社やプロダクションが「メイクさえすれば売れる」とばかりに実力不足の若手バンドを青田買いして次々とデビューさせました。その結果、似通ったコード進行や世界観の量産型バンドが溢れ、リスナーの食傷を招きました。
第2の要因は、バンド内部の音楽的志向の乖離とメンタル・フィジカルの疲弊です。過密なツアースケジュール、テレビ出演によるプライベートの喪失、そして「ビジュアル系」という枠組みへの反発から、メンバー間での対立が深刻化しました。「メイクを落として純粋なロックバンドとして評価されたい」という意向と、ビジネス上の要請との板挟みになり、活動休止や脱退、解散へと追い込まれるケースが多発しました。
さらに、1990年代末期の音楽配信やCD不況の足音、インディーズレーベルの乱立に伴う資金繰りの悪化など、業界全体の構造変化も直撃しました。2000年を迎える頃には四天王と呼ばれたバンドの多くが解散や活動休止を選択し、一つの時代が幕を閉じました。