現在では当たり前となった「勝利で勝ち点3」のルールですが、かつては全く異なる基準で勝敗が競われていました。1888年に世界最古のプロサッカーリーグとして誕生したイングランドのフットボールリーグ発足以降、100年近くにわたりサッカー勝ち点2だった歴史が続いていたのです。
当時のルールは「勝利=2点、引き分け=1点、敗北=0点」でした。しかし、この配分には重大な欠陥が存在していました。勝利(2点)と引き分け(1点)の価値の差がわずか「1点」しかなかったため、特にアウェイ遠征に臨むチームは、最初からゴール前に分厚い守備ブロックを敷き、スコアレスドロー(0-0)で勝ち点1を持ち帰る戦術を最善策として選択するようになったのです。
その結果、1970年代から1980年代前半にかけての欧州サッカー界は深刻な「得点力不足」と「守備偏重」に陥りました。さらにイギリスではフーリガニズムの激化とスタジアムの老朽化が重なり、観客動員数は歴史的な落ち込みを記録します。この閉塞感を打破すべく立ち上がったのが、元選手であり名物解説者・コヴェントリー・シティFCの会長を務めたジミー・ヒル(Jimmy Hill)でした。
ヒルが提唱した「3ポイント・フォー・ア・ウィン(Three points for a win)」の構想は、1981年にイングランドのフットボールリーグで世界で初めて試験導入されました。勝利の価値を引き分けの「2倍」から「3倍」へと引き上げることで、引き分け狙いの消極的な姿勢を経済的・戦略的に著しく不利な状況へ追い込んだのです。
国際サッカー連盟(FIFA)もこの劇的な効果に着目し、1994年のFIFAワールドカップ・アメリカ大会でグループステージの全試合に勝ち点3システムを正式採用。翌1995-96シーズンには国際サッカー評議会(IFAB)の決定に基づき、世界中の主要リーグが一斉に勝ち点3制へ舵を切りました。日本でも、1993年の開幕当初は延長戦やPK戦で必ず完全決着をつけていたJリーグが、国際基準への適合と競技性向上のため、1999年の2部制導入を機に勝ち点3制(当時は延長戦Vゴール勝ち点は別途設定)へと移行し、2003年以降は現在の完全な「勝ち=3、分け=1、負け=0」に統一されました。