この場所の正式名称は、川崎市生活文化会館(てくのかわさき。昭和の終盤から平成、そして激変の令和に至るまで、川崎の労働者福祉と市民文化の交流点として機能し続けてきた。ホール、実習室、展示スペースが有機的に組み合わされた館内は、単に部屋を貸し出すための空間ではない。現場に入ると、壁一面に掲出された技能講習の案内や職人たちの肖像が強烈な視覚的プレッシャーを放っている。
労働と生活、そして文化。かつて工業公害や急速な都市化に直面した川崎が、人々の「生きる手触り」を取り戻すために整備した歴史的経緯があるからこそ、空間の隅々にまで筋の通った実用主義が息づいている。無駄な装飾を排したフロアを歩くだけで、ものづくりの根源的な泥臭さと気高さを肌で感じ取ることができる。