KABA.ちゃんのキャリアにおける最大の転機となったのが、1996年にテレビ番組『ASAYAN』の「コムロギャルコンテスト」から誕生した3人組ダンス&ボーカルユニットdos(dance of space)への加入です。
音楽プロデューサーの小室哲哉氏は、メインボーカルのtaeco、ダンサーのasami(後の吉田麻美)とともに、男性枠として圧倒的なダンススキルとビジュアルを誇っていたKABA.ちゃんを抜擢。デビュー曲『Baby baby baby』はオリコンチャート上位にランクインし、日本レコード大賞新人賞を獲得するなど社会現象となりました。
dosにおけるKABA.ちゃんの役割は、単なるバックダンサーにとどまらず、ユニット全体のビジュアルコンセプトやパフォーマンスのクオリティを担保する中核でした。MVで見せるアグレッシブなブレイクダンスやシンクロ率の高いフォーメーションダンスは、当時のJ-POPシーンにおけるダンスパフォーマンスの基準を一段引き上げたと評されています。
ユニット活動休止後もその卓越したコレオグラフィー能力は業界内で高く評価され、国民的アイドルグループSMAPの『世界に一つだけの花』をはじめ、安室奈美恵、華原朋美など数多くのトップアーティストの振付を担当。日本を代表するトップ振付師としての確固たる地位を築き上げました。