シェイクスピアの劇作によって不朽の名句となったこの言葉ですが、「カエサルが暗殺された瞬間に実際に『ブルータス、お前もか』と叫んだ」という同時代の確定的な記録は存在しません。
ローマ帝国の歴史家たちが残した記録を照らし合わせると、暗殺現場の様子は劇作とは異なる様相を見せています。
古代ローマの伝記作家スエトニウスが著した『ローマ皇帝伝』によると、紀元前44年3月15日(いわゆる「3月15日/イデス・オブ・マーチ」)、元老院議員たちに取り囲まれ23カ所をめった刺しにされたカエサルは、「最初の一撃を受けたときに唸り声をあげただけで、その後は一言も発しなかった」と記されています。カエサルは刺客たちの中にブルータスの姿を認めると、自らの着衣(トーガ)の裾を頭から引きかぶり、顔を覆って崩れ落ちたと伝えられています。
一方でスエトニウスは、一部の目撃証言として、カエサルがギリシャ語で「カイ・スー・テクノン(Kai su, teknon:我が子よ、お前もなのか)」と言い残したという異説も併記しています。当時のローマ貴族層の教養言語はギリシャ語であり、もし何かを発していたとすればラテン語ではなくギリシャ語であった可能性が高いと考えられています。
プルタルコスの『対比列伝』でも、カエサルはブルータスが抜剣したのを見て抵抗を諦め、トーガで身を包んで倒れたと描写されており、いずれにしても無言、あるいはそれに近い静かな絶望の中で最期を迎えたのが史実に近い姿です。