なぜこれほど絆の深い2人に、長年にわたって「深刻な確執」の噂がつきまとったのか。その発端は、2000年代初頭に起きたデビューとブレイクの皮肉な逆転劇にあります。
京都の実家で音楽に囲まれて育った2人(本名は神田來未子と神田美苑)は、約2歳の年齢差があります。姉の倖田來未が1999年のオーディションを経て2000年に先に単身アメリカで先行デビューしたものの、国内ではしばらく不遇の下積み時代が続きました。その矢先の2002年、妹のmisonoが3人組ユニット「day after tomorrow」のボーカルとして鮮烈にデビューします。
シングルが相次いでヒットし、日本レコード大賞新人賞を瞬く間に手にしたのは妹のmisonoでした。当時、実家の京都に帰省した倖田來未が、妹のポスターが街中に溢れる光景を見て人知れず悔し涙を流したというエピソードは、本人の自著や手記でも赤裸々に語られています。
しかし、運命の歯車は再び大きく回転します。2004年の映画主題歌『キューティーハニー』のヒットを契機に、倖田來未が「エロかっこいい」という社会現象を巻き起こし、瞬く間にミリオンセラーを連発する国民的歌姫へと駆け上がったのです。入れ替わるように2005年、day after tomorrowは活動休止を発表しました。
「先に売れた妹」と「後から時代を制覇した姉」。この劇的なコントラストに飛びついたのが当時のエンタメメディアでした。ワイドショーや週刊誌はこぞって「姉妹格差」「嫉妬渦巻く骨肉の争い」と書き立て、世間には不仲というパブリックイメージが定着してしまったのです。しかし実際には、互いの才能を誰よりも肌で知っていたからこそ、ライバル心とリスペクトが表裏一体となった純粋な葛藤に過ぎませんでした。