戦況が完全に決した壇ノ浦の海上。源氏の兵船が平家の御座船へと矢を射掛け、武士たちが次々と船に乗り移る阿鼻叫喚の中で、二位尼(平時子)は覚悟を固めました。泣き叫ぶ女官たちを制し、濃い鈍色の喪服に身を包んだ二位尼は、幼い安徳天皇を抱き上げます。
何が起きているのか理解できず、不安げに見上げる幼帝に対して放たれたのがこの言葉でした。まずは『平家物語』巻第十一「先帝身投」における現代語訳と原文の対比から、その場の空気を追体験します。
波の下にも都がございますの意味は、単なる口から出まかせの慰めではありません。当時広く信じられていた仏教の「竜宮界」や「水底の浄土」の観念を重ね合わせ、現世の泥沼のような戦火から幼帝を解き放ち、海底の都へと魂を導くという祈りが込められていました。源氏の武者に捕縛されて生き恥を晒すことだけは絶対に避けねばならないという、平家首脳陣としての凄絶な覚悟の表れでもあります。