「岐阜のモーニングは採算を度外視しているのではないか」――初めて訪れた旅行者が一様に抱くこの疑問の背景には、地域経済の構造的な要因が存在します。全国的なカフェチェーンがドリンク単体に数百円の価格を設定するなか、岐阜モーニングコスパ最強と称される店舗群では、ワンコイン前後のドリンク代のみで定食並みのボリュームを提供するスタイルが半世紀以上にわたって維持されています。
この独自のサービス精神を紐解く鍵となるのが、岐阜モーニング発祥の理由です。戦後から高度経済成長期にかけて、岐阜市から愛知県一宮市周辺にかけての濃尾平野一帯は「ガチャマン(織機がガチャンと鳴れば万の金が儲かる)」と呼ばれた日本有数の繊維産業の中心地でした。当時の繊維工場や機屋(はたや)の作業場内は織機の激しい機械音が響き渡り、落ち着いた商談が困難であったため、経営者や問屋のバイヤーたちは近隣の喫茶店を商談の場として活用しました。
朝早くから店に通い詰めてくれる繊維関係の常連客に対し、店主たちが「朝食を摂る暇もない職人に腹一杯食べてもらいたい」「わざわざ自店を選んでくれた商談客に喜んでほしい」と、ゆで卵やピーナッツを無償で添えたのが始まりとされています。顧客の奪い合いが激化するにつれ、サービスはトースト、サラダ、そして岐阜ならではの象徴である岐阜市モーニング茶碗蒸しへとエスカレートしていきました。
なぜゆで卵ではなく茶碗蒸しだったのか。現地の老舗喫茶店主は「作り置きのゆで卵よりも、蒸したての温かい茶碗蒸しのほうが真心の伝わり方が違う。出汁と卵があれば原価を抑えつつ上質な満足感を提供できる」と証言します。昆布と鰹節の効いた和風出汁と滑らかな舌触りは、冷涼な朝の胃袋を優しく温め、岐阜の朝文化における不動の象徴となったのです。