中原中也の死因の真相に迫る!享年30歳の早世と愛息の死が生んだ悲劇

中原中也の死因の真相に迫る!享年30歳の早世と愛息の死が生んだ悲劇

中原中也の死因の真相に迫る!享年30歳の早世と愛息の死が生んだ悲劇の要点を丁寧に掘り下げてご紹介します。

中原中也が駆け抜けた濃密な30年間を、時系列で振り返ります。

  • 1907年(明治40年)4月29日:山口県吉敷郡(現・山口市湯田温泉)に軍医の長男として誕生。神童と呼ばれる。
  • 1923年(大正12年):京都立命館中学に編入。女優・長谷川泰子と出会い同棲を開始。
  • 1925年(大正14年):上京後、小林秀雄と知り合う。泰子が小林のもとへ去り、三角関係に苦悩する。
  • 1933年(昭和8年):遠縁の上野孝子と結婚。
  • 1934年(昭和9年):長男・文也が誕生。処女詩集『山羊の歌』を自費出版。
  • 1936年(昭和11年)11月:愛息・文也が小児結核のため急逝(享年2)。中也は重度の精神衰弱に陥る。
  • 1937年(昭和12年)1月:精神錯乱状態となり、千葉の中村精神病院に入院。
  • 1937年(昭和12年)10月22日:結核性脳膜炎により鎌倉にて死去(満30歳没)。
  • 1938年(昭和13年):小林秀雄らの尽力により、遺稿詩集『在りし日の歌』が刊行される。
佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。