金子國義という才能を語る上で欠かせないのが、文壇の異端児・渋澤龍彥との深い交流である。1960年代、新進気鋭の画家だった金子は、渋澤が翻訳を手がけたマルキ・ド・サドの著書などの装丁を担当。この二人の精神的な共鳴が、当時の東京におけるアンダーグラウンド文化の潮流を大きく決定づけた。
渋澤の自邸サロンで繰り広げられた夜な夜なの密談。フランス文学の深い知識と、金子の持つ天性の感覚が交差し、誰も見たことのない退廃的な美学が萌芽した。渋澤は金子の描く女性像を深く愛し、自身の著書の顔として幾度も指名した。二人の友情は、単なるイラストレーターと著者の関係を超え、時代の美意識を創り出す共犯関係だったと言える。