天神・新天町商店街は再開発で消える?閉店時期と時計台の行方

天神・新天町商店街は再開発で消える?閉店時期と時計台の行方

天神・新天町商店街は再開発で消える?閉店時期と時計台の行方について徹底解説いたします。専門家の見解をご覧ください。

天神の一等地にありながら、長年親しまれてきた商店街をなぜ今建て替えなければならないのか。そこには単なる商業的なスクラップ&ビルドにとどまらない、都市インフラとしての切実な新天町再開発の理由が存在します。

最大の理由は、「建物の老朽化と防災・耐震上の限界」です。新天町の歴史は、第二次世界大戦直後の1946年(昭和21年)の創業に遡ります。戦災で焼け野原となった福岡で、地元商人たち57名が集まり「市民に希望と生活物資を届ける新しい町を作ろう」と立ち上げられたのが始まりでした。当時建設された木造・モルタル構造の建物群は、増改築を繰り返しながら維持されてきたものの、築年数はすでに70〜80年近くが経過。震度6強以上の大地震や大規模火災が発生した際、密集したアーケード街が避難や消火活動のボトルネックになるリスクが長年指摘されていました。

もう一つの要因が、福岡市が主導する規制緩和策「天神ビッグバン」の後押しです。国家戦略特区による航空法高さ制限の緩和や容積率の大幅な引き上げ(最大1,400%程度まで適用可能)により、敷地を立体的に高度利用できる千載一遇の好機が到来しました。老朽化した低層木造密集地を放置するよりも、新天町とパルコの一体開発によって耐震・環境性能に優れた最先端ビルへ刷新することが、都市の安全と経済合理性の双方から不可避となったのです。

松本 悠斗
著者

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。