日常的に交わされる「ご無沙汰しております」という挨拶ですが、そもそも「沙汰(さた)」とは何を指す言葉なのでしょうか。その起源を辿ると、平安から中世にかけての日本語の変遷に行き当たります。
「沙」は砂を意味し、「汰」は水で洗い流して選り分けることを指します。つまり「沙汰」の原義は、川の砂から砂金をすくい取って「選別する作業」でした。そこから転じて、物事の理非を厳しく見極める「裁判」や「評議」、さらには朝廷や幕府からの「命令・通達」を意味するようになったと国語学者たちの研究で明らかにされています。そして室町時代以降、その命令や裁定が周囲へ伝達される様子から、「消息」「便り」「音聞(おとぎき)」そのものを「沙汰」と呼ぶ用法が定着しました。
この「沙汰」に打ち消しの「無」がついた「無沙汰」は、文字通り「便りがないこと」「連絡を長らく怠っていること」を指します。つまり「ご無沙汰しております」というフレーズは、単に「時間が経ちましたね」と時間の長さを共有しているのではなく、「本来であれば定期的にお便りを差し上げるべきところ、私側の怠慢によって長らくご無沙汰してしまい、誠に申し訳ございません」という、非を自ら認めてへりくだる謙譲のニュアンスが骨格にあるのです。
挨拶の頭に丁寧の接頭辞「ご」を冠し、末尾を丁重語の「おる」、丁寧語の「ます」で結ぶことで、相手への深い敬意と自省を同時に伝える、日本固有の極めて高度な礼儀作法と言えます。