結論から言えば、漢字の一部を間違えたからといって、直ちに無効票になるわけではない。公職選挙法第68条第1項には、無効となる投票の要件が明確に規定されているが、その根底にある基本理念は「有権者の正当な投票意思を可能な限り尊重する」という点にある。
総務省の運用通達および裁判例の蓄積によれば、候補者選定の誤りであることが明白でない限り、文字のトメ・ハネ、部首の軽微な誤り、あるいは日常的な略字で書かれていたとしても、開票立会人の審査を経て「その候補者を指していると特定できる」と判断されれば、有効票として処理される。現場の開票所では、多少の誤字があっても文脈と音義から客観的に判別がつくものは救済される傾向が極めて強い。
一方で、ひらがな投票も完全に有効である。日本の公選法において、候補者名を必ず戸籍上の漢字で書かなければならないという義務は存在しない。むしろ、難読漢字の候補者が選挙ポスターや街頭演説で「名前をひらがな表記」に統一しているのは、有権者の記載ミスや書きづらさによる心理的抵抗を極力排除するための実利的な選挙戦略である。
ただし、ここに落とし穴が存在する。それが「同姓・同名の候補者が同一選挙区に存在する場合」の曖昧な表記だ。たとえば「鈴木一郎」と「鈴木次郎」が立候補している選挙区で、単に「すずき」あるいは「スズキ」とのみ書いた場合、特定が不能となる。このような票は無効になるか、あるいは法律に基づいて各候補者の得票比率に応じて小数点単位で票を分け合う「按分票(あんぶんひょう)」として処理され、意図した候補者に満額の1票が届かなくなるリスクを孕んでいる。