事故の引き金となったのは、12月17日夜半から18日未明にかけて富士山を襲った猛烈な局地的大暴風でした。気象観測データや関係者の証言によると、現場付近の瞬間風速は30メートル毎秒以上、体感温度は氷点下25度を下回る過酷な環境に急変したとされます。
未明、吹き荒れる暴風雪によって設営していたテントの支柱が破壊され、本体が吹き飛ばされる致命的な事態が発生しました。防寒具、シュラフ(寝袋)、無線機などの重要装備が一瞬にして雪嵐の中に散乱・喪失。零下20度を超える烈風に吹きさらされる中、3人は身を寄せ合ってビバーク(緊急露営)を試みましたが、風を遮るもののない斜面で体温は急速に奪われていきました。
夜が明けた18日朝の段階で、宇佐美さんは重度の低体温症に陥り意識が混濁、滑落と衰弱によって自力歩行が完全に不可能な状態に陥りました。堀川さんもまた手足の凍傷と激しい衰弱により動くことができなくなっていました。片山氏は二人を励まし続け、持てる衣類を分け与えるなど懸命の救護を行いましたが、通信機器を失った状況で山にとどまることは、3人全員の凍死(全滅)を意味していました。
「必ず助けを呼んで戻ってくる」――そう仲間に告げた片山氏は、自らも凍傷を負い疲弊した身体を引きずりながら、単身で救助要請のための下山を開始。奇跡的に標高を下げ、午前7時30分頃、山中の避難小屋付近から自力で110番通報に成功します。その後、駆けつけた山梨県警の山岳救助隊によって片山氏は保護されました。しかし、直後から開始された過酷な捜索活動も虚しく、山中に残された宇佐美さんと堀川さんは、後に心肺停止状態で発見され、低体温症による死亡が確認されました。