ドライブイン灘が閉店を決断せざるを得なかった背景には、個別の事情だけでなく、日本の地方ロードサイドが直面してきた構造的な衰退プロセスが存在します。主な要因を深掘りすると、大きく3つの壁が立ちはだかっていたことが浮き彫りになります。
第1に、経営者および中核スタッフの高齢化と事業承継の断絶です。昭和中期から後期にかけて創業した個人経営のドライブインは、創業者の卓越した調理技術と家族経営の献身によって支えられていました。しかし、子ども世代が都市部へ流出するなどして後継者が確保できず、店主が70代後半から80代に差し掛かるタイミングで営業継続を断念するケースが全国で相次いでいます。
第2に、高速道路網の整備と幹線道路の交通量減少です。山陽自動車道をはじめとする高規格幹線道路のネットワークが拡充された結果、かつて国道を夜通し走っていた長距離トラックの多くが高速道路へとシフトしました。下道の交通量が激減したことで、ロードサイド型店舗の主要な収益源だった深夜・早朝のドライバー需要が縮小していきました。
第3に、現代型インフラとの競合と施設維持コストです。24時間営業のコンビニエンスストアや、シャワー施設・快適なトイレを備えた大型道の駅、高速道路のサービスエリア(SA・PA)が充実したことで、旧来型ドライブインの設備的優位性は薄れました。さらに、海沿い特有の塩害による建物の急速な老朽化に対し、多額の耐震補修・改修投資を回収できる見込みが立たなかったことも、決断を後押しした現実的な引き金でした。