シウダー・フアレスを語る上で避けて通れないのが、1990年代から世界的な社会問題として認知された「シウダーフアレス女性連続殺人事件(フェミシサイド)」の傷跡です。工業団地(マキラドーラ)で働く若い女性たちが次々と失踪し、砂漠地帯で拷問を受けた遺体となって発見された一連の事件は、映画やノンフィクション書籍でも広く告発されてきました。
当時の特番インタビューや遺族の手記で語られた「警察に捜索を願い出ても『娘さんは家出しただけだろう』と一蹴された」という生の告白は、メキシコ社会に根深く巣食うマチスモ(男性優位主義)と、司法の機能不全(不処罰=インプニティ)を白日の下に晒しました。加害者の多くが処罰されず、捜査機関自体がカルテルや有力者に買収されていた構造が、暴力を野放しにし続けた根本原因でした。
法制度の整備や女性保護団体の活動によって、国際社会からの批判を受けたメキシコ政府も対策を講じてきました。しかし、現在でも家庭内暴力の延長線上にある殺人や、カルテルに巻き込まれる女性の失踪は完全に根絶されていません。「街の空気には、過去の悲惨な記憶と、いつ自分が巻き込まれるか分からないという冷たい諦念が今も漂っている」と地元の人権活動家は指摘します。都市の深層にあるジェンダー暴力と貧困の連鎖は、カルテル問題と表裏一体の構造的課題として横たわっています。