なぜ伝統工芸の工房は、若手に正当な給与を払いたくても払えないのか。そこには個々の工房の怠慢だけでは片付けられない、複雑な産業構造の罠が存在します。第一に、分業制の弊害です。例えば一反の西陣織や一振りの包丁を作るために、糸染め、機織り、鍛造、研ぎといった専門工程が細分化されており、それぞれの事業者が個別最適化されすぎて全体最適のマーケティングができていません。
第二に、伝統工芸の独立開業資金の重荷です。一人前の職人として独立しようとすれば、電気窯、木工旋盤、特殊な刃物などの設備投資に加え、高価な地場原材料を仕入れる運転資金として最低でも500万〜1000万円規模の自己資金が求められます。金融機関からの融資も、確固たる受注基盤がない限り審査は極めて厳格です。
国や自治体には伝統産業の補助金や支援制度が整備されていますが、多くは「設備導入費用の3分の2補助」や「展示会出展費用の助成」といった後払い形式です。資金繰りに余裕のない個人工房にとって、申請書作成の煩雑な事務負担や一時的な持ち出し資金のハードルは極めて高く、真に困窮している職人ほど支援から取り残されるという皮肉な構造的矛盾を抱えています。