ノーザンライトスープレックスの原点は、1987年のカナダ・カルガリーに遡ります。1984年ロサンゼルス五輪グレコローマンレスリング日本代表を経て、石川県立金沢松任高校の国語教師から新日本プロレスへ電撃入門した馳浩は、名門スチュ・ハート主宰の「ダンジョン」で過酷な海外武者修行の日々を送っていました。
馳が当時の自著や手記で振り返っている通り、彼が求めたのは「アマレスのグレコローマンの反り投げ技術を活かしつつ、プロのリングで一撃必殺の説得力を持つオリジナル技」でした。相手の首をフロントチョーク気味に抱え込み、さらに片腕を脇の下からカンヌキ状にロックする変形クラッチ。この独自のロック構造によって、相手は空中でバランスを取ることも、マット接触時に両手で受身を取ることも完全に不可能となります。
極寒のカルガリーの夜空に揺らめくオーロラ(ノーザンライツ)の神秘的な美しさと、光の弧を描く投擲軌道が重なり合い、命名された「ノーザンライトスープレックス」。その日本初披露は1987年12月27日、両国国技館のリングでした。IWGPジュニアヘビー級王者であった小林邦昭に挑戦した馳は、デビュー戦にしてこの未知の必殺技を敢行。電光石火の軌道からピンフォールを奪い、プロデビュー戦でいきなり王座戴冠というプロレス史に残る大快挙を成し遂げたのです。