ノンフィクション作家・佐野眞一氏による名著『東電OL殺人事件』や当時の捜査資料によると、彼女の精神的バランスが崩壊した起点には、敬愛していた父親(元東京電力幹部)の急死がありました。東電の取締役候補と目されていた優秀な父親が50代前半で病に倒れ、急逝したことは、長女である泰子さんに計り知れない喪失感と「父の期待を背負わなければならない」という重圧をもたらしました。
加えて、男社会の典型であった当時の大手電力企業において、女性総合職として道を切り拓くプレッシャーは想像を絶するものでした。職場での孤立や昇進への焦燥感から、彼女は次第に重度の拒食症(摂食障害)を患います。体重は一時30kg台前半まで落ち込み、過食と嘔吐、過剰なウォーキングによる自己消耗を繰り返すようになりました。
事件現場から押収された渡邉泰子さんの日記の内容には、自らを厳しく責め立てる言葉や、「ノルマ」を達成しなければならないという強迫観念が綴られていました。精神医学の専門家は、過酷な自己処罰欲求(自傷行為の一環)として夜の街頭に立ち、見知らぬ他者に自己の存在価値を委ねることで、辛うじて自己の崩壊を食い止めていたのではないかと分析しています。