『あさが来た』が今なお最高傑作と称される理由|実話との違いとキャストの現在

『あさが来た』が今なお最高傑作と称される理由|実話との違いとキャストの現在

『あさが来た』が今なお最高傑作と称される理由|実話との違いとキャストの現在の詳細解説をご紹介します。専門的な知識が詰まっています。

ドラマは古川智映子の小説『小説 土佐堀川 女性実業家・広岡浅子の生涯』を原案としていますが、劇中の設定と史実にはいくつかの明確な差異が存在します。

主人公・白岡あさのモデルとなった広岡浅子(1849〜1919年)は、京都の豪商・三井出水家に生まれ、17歳で大坂の両替商「加島屋」の広岡信五郎に嫁ぎました。幕末から明治維新の混乱期、大名貸しの焦げ付きにより加島屋は莫大な借金を抱え、破綻の危機に瀕します。浅子はこの窮地を救うため、自ら炭鉱事業に乗り出し、加島銀行の設立、大同生命保険の創業、さらには日本女子大学校(現・日本女子大学)の設立支援に至るまで、驚異的な実行力で近代日本の経済と教育を牽引しました。

ドラマの舞台となった両替商「加野屋」は、この豪商「加島屋」を精密にトレースしています。一方で、物語をドラマチックかつ温かな家族劇として昇華させるため、以下のような脚色が施されました。

1. 夫・白岡新次郎(広岡信五郎)の人物像:
玉木宏が演じた新次郎は「商売を嫌い、三味線や道楽に生きる風流人だが、精神面であさを支え続ける理想の伴侶」として描かれました。実際の広岡信五郎も風流を好む一面はあったものの、加島屋の事業に無関心だったわけではなく、日本紡績(現・ユニチカ)の設立に参画するなど実業家としても手腕を発揮していました。ドラマでは夫婦の役割分担を際立たせるため、新次郎の「静」の魅力が強調されました。

2. 側室(小春・お梅)をめぐる描写の相違:
史実において、浅子は夫・信五郎との間に長女・亀子をもうけた後、身体の事情で後継ぎを産むことが難しくなり、自らの付き人であった小橋ムメを信五郎の側室として迎え入れました。ムメは3人の娘と1人の息子を産み、浅子は彼らを自分の子として慈しみ育てました。ドラマでは視聴者への配慮から、妾・側室制度の生々しい対立構造をソフトに描き、家族全体の深い情愛として表現しています。

3. 五代友厚との関係性:
ディーン・フジオカ演じる大阪経済の父・五代友厚とあさの淡い思慕と友情は視聴者の心を掴みました。史実でも浅子と五代に面識があり、財界の重鎮として交流があったことは確かですが、ドラマのようなロマンチックな二人三脚の関係はフィクションとしての脚色が多分に含まれています。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。