昭和30年代から40年代にかけて、東北本線や常磐線を走る夜行列車は、中学校や高校を卒業したばかりの少年少女たちを乗せて早朝の上野駅へ到着しました。その中心的な舞台となったのが、今も記憶に残る「上野駅 13番線」を中心とする地平ホームです。
報道資料や当時の国鉄関係者の回顧録によると、早朝5時台から6時台にかけて到着する臨時夜行列車「集団就職列車」のドアが開くと、寒さに震えながら風呂敷包みやトランクを手にした少年たちがホームに溢れ出しました。受け入れ企業のプラカードを持った担当者が待つ改札口へ向かう彼らの背中には、家族と離れ離れになって生きる孤独と、「必ず成功してみせる」という強い決意が同居していました。
歌詞に登場する「上野は俺らの 心の駅だ」という一節は、単なる地理的なターミナルを意味する言葉ではありません。故郷へ繋がる唯一のレールが伸びる場所であり、辛い日々に挫けそうになったとき、故郷の訛りを聞くために立ち寄る「心のシェルター」であったことを示しています。