竪穴式住居はいつまで使われた?平安鎌倉、近代まで残った歴史の真相

竪穴式住居はいつまで使われた?平安鎌倉、近代まで残った歴史の真相

竪穴式住居はいつまで使われた?平安鎌倉、近代まで残った歴史の真相について専門的な視点から解説いたします。最新の情報をお届けします。

数千年にわたって日本列島の住まいのスタンダードであり続けた竪穴式住居が、最終的に消滅していった理由とは何だったのでしょうか。そこには「技術の革新」と「生活様式の変化」という、避けては通れない構造的要因が存在しました。

1. 掘立柱建物・平地住居との根本的な構造の違い

まず押さえておきたいのが、「掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)」と竪穴式住居の違いです。竪穴式住居は「地面を深く掘りくぼめ、その窪みの中に柱を立てて屋根を葺いた、床が地面より低い住居」を指します。一方の掘立柱建物は、「地面を平らに整地した上で穴を掘って柱を直接埋め込み、床面を地面と同じ高さ(平地)か、あるいは持ち上げた(高床)構造」の建築です。

平地住居へ移行するためには、風雨や横揺れに耐えられる強固な軸組み構造が必要になります。それを可能にしたのが、鉄製工具の劇的な進化でした。

2. 鉄製大工道具の普及と木材加工技術の飛躍

平安時代中期以降、日本国内で良質な砂鉄を用いた製鉄が盛んになり、手斧(ちょうな)や鑿(のみ)、鋸(のこぎり)といった鉄製工具が地方の工匠や一般農民層にまで行き渡り始めます。木材を正確に切り出し、ホゾや継手(つぎて)を加工して柱と梁を強固に緊結する技術が確立されたことで、地面を掘り下げて壁を土に頼らなくても、頑丈な家を地上に建てられるようになったのです。

3. 竪穴式住居が抱えていた深刻なデメリットの限界

竪穴式住居には、保温性が高いという絶大なメリットがある反面、無視できない致命的なデメリットが数多くありました。

  • 湿気と水はけの悪さ:梅雨や集中豪雨の際、窪んだ床面に地下水が染み出したり、雨水が流れ込んでプール状になったりするリスクと常に隣り合わせだった。
  • 衛生面と木材の腐食:地面に直接触れている主柱が地中の湿気ですぐに腐食するため、15年〜30年程度で住居を建て替えるか大規模修繕する必要があった。
  • 採光と通気性の悪さ:窓を大きく取れないため昼間でも内部が薄暗く、カマドや炉から出る煙が室内に充満して呼吸器や眼病の原因になりやすかった。

経済活動が活性化し、農業生産高が向上した鎌倉時代以降、農民たちは「土を掘る重労働」から解放され、増築や間取りの変更が容易で湿気の少ない平地住居を選択するようになっていきました。さらに室町時代にかけて、煙を屋根から自然に抜く「煙出し」や、床の一部に板を張る技術が定着したことで、竪穴式住居はその歴史的使命を終え、日本の大半の地域から姿を消したのです。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。