ネットの検索窓やSNSのタイムラインで数多く見受けられるのが、「自分の部屋のベッドの上にいるのに、猛烈に『家に帰りたい』と感じて涙が止まらない」という不可解な体験談です。すでに自宅にいるにもかかわらず帰宅を願うという矛盾した精神状態は、決して珍しい異常体験ではなく、深層心理からの切迫した警鐘です。
臨床心理学において、この現象は「自己の安心できる居場所の完全喪失」を意味します。長期間にわたる過酷な労働や深刻な人間関係の摩擦によって自我がすり減りすぎると、普段くつろげるはずの自宅に帰ってきても、頭の中では仕事のトラブルや翌日の恐怖が再生され続けます。その結果、自宅という物理空間が精神的なシェルターとして機能しなくなり、「くつろげる自分」「安全だった頃の自分」という心の居場所を求めて、「ここではない、どこか安心できる場所へ帰りたい」と精神が彷徨ってしまうのです。
また、これとは逆の構造を持つ病態として知られるのが「帰宅恐怖症 理由」にまつわる問題です。外では真面目な会社員として振る舞いながら、家庭内にパートナーとの深刻な不和やモラルハラスメント、過度な育児・介護負担が存在する場合、物理的な自宅そのものが過度の緊張を強いる戦場と化してしまいます。その結果、会社を出ても家に帰りたくない、しかし会社にもいたくないという二重の板挟みに陥り、精神的な行き場を完全に失っていきます。
さらに高齢者医療の現場では、「認知症 帰宅願望」が広く知られています。見当識障害によって現在の環境が理解できず、「子どもの頃に住んでいた実家」や「親の待つ昔の家」へ帰ろうとする行動です。若年層や中年層が抱く「家にいるのに家に帰りたい」という感覚も、本質的にはこれと通底しています。現在の現実があまりにも過酷で受け入れがたいとき、人間は誰かに無条件で守られていた幼少期の原体験や、何のプレッシャーもなかった無傷の時代へと心を退避させようとしているのです。