手元に戻ってきた検査用紙に「基準値オーバー」を示す「H」や「L」のマークが印字されているのを見て、底知れぬ恐怖を覚え、ネット検索を繰り返しては絶望的な自己診断に陥る——これはいわゆる「サイバーコンドリア(インターネットによる健康不安症)」の典型例です。
ここで知っておくべき検査結果の見方と異常値に関する最大の盲点は、「基準値(基準範囲)」の統計学的な定義そのものにあります。
日本臨床衛生検査技師会や日本臨床検査標準化協議会(JCCLS)が設定している「共用基準範囲」は、何万人もの明らかな病気のない「健康な母集団」の測定データをもとに策定されています。その際、上下の極端な2.5%ずつをカットした「中央の95%の人が収まる数値の幅」が基準値として定義されているのです。
この事実は極めて重要な示唆を含んでいます。すなわち、「完全に健康で何の疾患もない人であっても、統計学上100人中5人(5%)は必然的に基準値から外れて異常値判定が出る」という数学的宿命を抱えている点です。もし一度に20項目の血液検査を受けたとすれば、体調に一切問題がない人でも確率的に1項目程度は基準値から飛び出す計算になります。
さらに、腫瘍マーカーに対する誤解も根深く存在します。多くの人が「腫瘍マーカーが陽性=体内にがんがある」と思い込んでいますが、実際には喫煙、慢性胃炎、肝機能障害、加齢などの良性疾患や生活習慣によっても偽陽性(疑陽性)として軽度上昇することが珍しくありません。逆に、早期のがんでは腫瘍マーカーが陰性(偽陰性)を示すことも極めて多く、確定診断はあくまで前述した病理組織検査や画像診断と組み合わせて初めて下されるものです。単一の数値の高低だけに一喜一憂することは、医療情報との向き合い方として極めて不毛と言わざるを得ません。