放送のたびにSNS上で激しい議論を巻き起こすのが、主人公アシタカの行動規範です。特に蝦夷(エミシ)の村を出る際、許嫁同然の間柄であった少女カヤから贈られた形見「玉の小刀(黒曜石のナイフ)」を、のちに山犬の姫であるサンへ手渡した場面は、ネット上で「アシタカ二股疑惑」「無神経な男」といった手厳しい口コミを生む契機となってきました。
しかし、当時の絵コンテや制作陣の証言を精緻に検証すると、この行動には極めて過酷な民俗学的背景と心理的決断が存在していたことが判明します。
エミシの村の掟において、髷(まげ)を切り呪いを受けた者は「すでに死んだ人間」として扱われ、二度と村へ戻ることは許されません。カヤが掟を破り、処罰を覚悟で手渡した玉の小刀は、生涯変わらぬ想いを誓う「命そのもの」の象徴でした。
宮崎駿監督は公式インタビュー等の記録において、「アシタカはただ生き延びるためではなく、サンという過酷な運命を背負った少女の魂を救済するために、自身が受け取った最も尊い命の証を託した」という趣旨を明かしています。これは身勝手な心変わりではなく、自らの過去を捨て去り、命のバトンを他者へ繋ぐための究極の覚悟であったと解釈するのが、作品構造上の正解です。