飯島愛さんの死を理解する上で避けて通れないのが、2007年3月31日をもって突如として決断された芸能界からの引退です。当時、TBS系『サンデージャポン』をはじめとする多数のレギュラー番組を抱え、忖度のない明快なコメントで「ご意見番」として絶大な信頼を獲得していた最中の幕引きでした。
引退会見や当時の公式コメントで彼女が挙げた理由は、「腎臓の病気(腎盂腎炎)による体調不良」と「芸能界で生き残っていくための目標を見失ったこと」でした。しかし、その深層には2000年に上梓し、累計発行部数400万部を超える社会現象となった自伝的小説『プラトニック・セックス』以降、背負い続けてきた計り知れない重圧が存在していました。
非行、家出、中絶、AV出演、整形手術といった自らの過去を赤裸々に告白したことで、彼女は一躍「時代の代弁者」として担ぎ上げられました。だがそれは同時に、公衆の面前で自身の生傷を晒し続けなければならない過酷な宿命を意味していました。テレビ関係者の証言によると、飯島さんは番組で期待される「強い自立した女性」「歯に衣着せぬ毒舌キャラ」を演じる一方で、楽屋裏では極度のプレッシャーから激しい偏頭痛や不眠に苛まれ、精神安定剤を手放せない日々が続いていたとされています。
引退後、彼女は若年層の女性に向けたコンドームの企画販売やヘルスケア事業の立ち上げに奔走していました。しかし、芸能界という巨大な保護膜を失い、一人の個人事業主として直面したビジネスの壁、資金調達の困難、知人との金銭トラブルなどが重なり、彼女の心身を限界まで削り取っていったことは想像に難くありません。