高橋一生が芸能界に入ったきっかけは、自身の意志やステージパパ・ママの野望ではありませんでした。幼少期の彼は極度に内向的で、周囲とうまくコミュニケーションが取れない引っ込み思案な子供だったといいます。
そんな孫を心配した祖母が「劇団に入れば少しは社交的になるのではないか」と勧めたのが、劇団ひまわりへの入団理由でした。10歳で映画『ほしをつぐもの』に出演し、1995年にはスタジオジブリの名作アニメ『耳をすませば』で天沢聖司役の声優を務めるなど、早くから非凡な才能を開花させていきます。
しかし、家庭環境は極めて過酷でした。奔放で気性の激しい母親のもと、幼い弟たちの世話を一手に引き受けたのが10代の高橋一生です。
- 日常的な育児と家事:学校から帰宅すると、赤ん坊だった弟たちのおむつを替え、ミルクを作り、離乳食を食べさせる日々。
- 家計管理と社会勉強の伝授:弟たちが物心ついた頃から「家計簿」をつけさせ、1円の重みと自立して生きることの大切さを徹底して教育。
- 経済的自立への促し:兄弟が大人になった際には、安易に甘えさせず「自分の力で生活基盤を作る」ことを求め、四男には寿司職人としての修行先を紹介するなど進路の相談にも乗った。
現在でいうヤングケアラーそのものの境遇に身を置きながらも、彼は愚痴をこぼすことなく、弟たちを立派な社会人へと育て上げました。弟たちが今なお高橋一生に対して深い敬意と感謝を抱き続けているのは、こうした献身的な青年期があったからに他なりません。