美術史において本作が極めて高く評価される理由は、宗教画の伝統的な構図を世俗的な革命絵画へと見事に転換させた点にあります。
ぐったりと浴槽の外へ投げ出されたマラーの右腕、胸元の小さな刺し傷、そしてわずかに微笑んでいるかのような穏やかな表情は、ミケランジェロの彫刻『ピエタ』やカラヴァッジョの『キリストの埋葬』に見られる「十字架から降ろされたイエス・キリスト」のポーズを直接的に借用しています。
当時、キリスト教の脱宗教化を進めていた革命政府にとって、新たな信仰の対象となる「共和国の殉教者」の存在が不可欠でした。ダヴィッドは、光と影の劇的なコントラスト(キアロスクーロ)と無駄を削ぎ落とした静謐な空間構成により、血なまぐさい政敵の暗殺劇を、崇高な自己犠牲のドラマへと昇華させたのです。