六角精児が歩んできた結婚と離婚の歴史は、昭和・平成の破滅型無頼派俳優そのものの凄まじさを持っています。なぜこれほどまでに別れと出会いを繰り返すことになったのか、時系列で整理してみましょう。
最初の結婚は、劇団「善人会議」(現在の「扉座」)で下積み生活を送っていた30歳前後の頃でした。貧しい劇団員生活のなか、舞台に没頭する一方で金銭感覚は麻痺し、パチンコや競輪・競馬といったギャンブルにのめり込んで借金が常態化。生活のすれ違いも重なり、わずか2年ほどで最初の結婚生活はピリオドを打ちました。
2回目の結婚は30代半ばの1997年前後です。相手は当時から六角精児の才能を信じて支えていた女性(現在の妻)でした。しかし、この時期も彼のギャンブル依存傾向は収まらず、消費者金融からの借金は膨張。妻に金銭管理や精神的負担を背負わせ続けた結果、耐えかねた彼女が家を出る形で離婚に至っています。当時の関係者によると、妻が友人に悩みを打ち明けるなかで六角精児との関係修復が不可能と判断したと報じられています。
そして物議を醸したのが、41歳となった2003年の3度目の結婚でした。相手は当時講師を務めていた専門学校の教え子で、なんと20歳年下の女性でした。在学中の妊娠が発覚したことで六角精児は学校側を解雇される事態に発展。その後入籍し長男が誕生したものの、年齢差からくる価値観の不一致や生活習慣のズレ、依然として不安定だった生活基盤が仇となり、数年で破局を迎えました。