日本の麺類史における最大の謎のひとつが、銀座よし田の「コロッケそば」の成り立ちです。創業は明治18年(1885年)。文明開化の熱気が渦巻く東京・京橋の地で産声を上げ、その後銀座へと移り住んだ同店は、ハイカラな西洋文化を貪欲に吸収していた当時の東京人の気風を色濃く反映していました。
当時、日本に流入したばかりのフランス料理「クロケット(croquette)」は、ハイカラを好む銀座人にとって憧れの洋食でした。この新奇な美味を日本伝統の蕎麦と融合させられないかと、初代店主が試行錯誤を重ねて考案したのが元祖コロッケそばの原型です。しかし、そこには蕎麦職人としての明確な計算と美学が存在していました。
じゃがいもをベースにしたマッシュポテトのコロッケを温かい蕎麦つゆに浸すと、デンプンが熱で急激に崩れ、自慢の本枯節と昆布の澄んだ出汁を濁らせてしまいます。つゆの風味を損なわず、最後の一滴まで美味しく飲ませるためにはどうすべきか。そこで白羽の矢が立ったのが、「鶏肉のすり身(つくね)」でした。
上質な鶏ひき肉と長ネギ、生姜などを丹念に叩いて練り上げ、卵などのつなぎを加えて楕円形に成型。それを高温の胡麻油をブレンドした油でからりと揚げ、熱々の出汁に浮かべる。この工夫により、衣につゆがじんわり染み込みつつも、中心部のつくねはジューシーな旨味を保ち続け、崩れてつゆを汚すことがありません。文明開化への憧憬と、江戸前蕎麦の矜持が交差した奇跡のハイブリッドこそが、よし田のコロッケそばだったのです。