『きりこについて』の物語構造を読み解く上で欠かせないのが、きりこを取り巻く人物たちの振る舞いと、突如現れる特異な存在の対比です。
きりこの両親は、娘に対して純粋な愛情を注ぎ続けました。しかしその過剰なまでの肯定は、外見至上主義が支配する外部社会との緩衝材として機能しすぎたがゆえに、境界線が決壊したときの衝撃を決定的なものにしてしまいます。また、冷酷な宣告を下した葵くんも、悪意に満ちた加害者というよりは、子ども特有の無邪気な残酷さを持つ社会の記号として描かれています。
その狭間で圧倒的な存在感を放つのが、黒猫「ラムセス2世」です。作中でラムセス2世が果たす役割には、主に以下の3つの側面が存在します。
- 絶対的な客観性の提示:人間の社会通念や美醜の基準にとらわれない、動物的・宇宙的な超越視点から物事をジャッジする。
- 内的対話の鏡像:深層心理学における「賢者(オールド・ワイズ・マン)」の元型として、きりこ自身が心の奥底に封印していた知性と生きる力を引き出す。
- 傷ついた尊厳の修復:同情ではなく対等な対話者として接することで、傷ついた自己愛を健全な自尊感情へと昇華させる。
ラムセス2世の存在は、孤独に沈む人間が再生するために必要な「他者の絶対的な承認」と「自分自身との対話」を象徴しており、本作のファンタジー的リアリズムを支える要石となっています。