江戸時代に象が歩いた!吉宗の享保ブームと知られざる数奇な結末

江戸時代に象が歩いた!吉宗の享保ブームと知られざる数奇な結末

江戸時代に象が歩いた!吉宗の享保ブームと知られざる数奇な結末を徹底追究! 読者が気になる 重要ポイントを分かりやすく展開します。

徳川吉宗といえば「享保の改革」を主導した質実剛健な名君として語られますが、同時に実学を重んじ、海外の動植物や天文学、医学に異常なまでの情熱を注いだリアリストでもありました。吉宗はオランダ商館長や清国商人に対し、薬効のある植物や珍しい動物の輸入を強く要請しており、その最大の成果として長崎に到着したのが2頭の象(つがい)でした。残念ながらメスは到着後まもなく衰弱死してしまいますが、残されたオスが日本全土を揺るがす主役となります。

当時、海路での輸送は難破やパニックのリスクが極めて高かったため、長崎奉行所は長崎から江戸への行進という途方もない陸路縦断を決断します。随行員にはベトナム人調教師をはじめ、幕府の役人、医師、通詞、通訳、街道筋の道中案内人が組織され、大名行列をも凌ぐ大移動部隊が編成されました。橋の補強、街道の拡幅、宿泊場所の設営など、通過する各宿場には厳格な通達が飛び交い、各地の現場は厳戒態勢に包まれました。

しかし、現場の緊張をよそに、初めて見る「生きた巨獣」に庶民の好奇心は爆発します。街道筋には数万人規模の野次馬が殺到し、木や屋根に登って見物する者が続出しました。絵師たちはこぞって瓦版や摺物(すりもの)を発行し、象を模した菓子、玩具、工芸品が飛ぶように売れるという、現代のメガヒットIP(知的財産)顔負けの商業ブームが巻き起こったのです。

石川 優花
著者

石川 優花

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。