竪穴式住居はいつまで使われた?平安鎌倉、近代まで残った歴史の真相

竪穴式住居はいつまで使われた?平安鎌倉、近代まで残った歴史の真相

竪穴式住居はいつまで使われた?平安鎌倉、近代まで残った歴史の真相について重要なポイントを解説いたします。専門家の見解をチェックしてください。

Q1:竪穴式住居と掘立柱建物の決定的な違いは何ですか?
A1:最大の違いは床の高さです。地面を数十センチ掘り下げて「地表面より低い位置」に床を作るのが竪穴式住居です。対して掘立柱建物は、地面を平らに整地した上で柱穴を掘って柱を建て、地面と同じ高さ(または高床)に床を設けます。掘立柱建物は湿気や浸水に強く、通気性に優れているのが特徴です。

Q2:平安時代の貴族が寝殿造に住んでいた頃、一般庶民は何に住んでいましたか?
A2:西日本の庶民は掘立柱の簡素な平地住居(板葺きや茅葺きの土間住居)が中心になりつつありましたが、東日本や東北地方の庶民の多くは、依然として竪穴式住居に住んでいました。教科書に描かれる華やかな平安文化は、人口のほんの数パーセントに過ぎない貴族階級の暮らしです。

Q3:竪穴式住居の寿命は何年くらいでしたか?
A3:発掘調査の分析によると、およそ15年から30年程度と推定されています。地面に柱を直接埋め込む構造上、地中の湿気によって主柱の根元が腐食してしまうためです。柱を抜き取って新しい柱に入れ替える「補修痕」や、古い住居を埋めてすぐ隣に新しい竪穴住居を掘り直した痕跡が数多く発掘されています。

Q4:なぜ学校の歴史教科書では、竪穴式住居がいつ終わったのかはっきり書かないのですか?
A4:消滅した時期が地域によって数百年単位で大きく異なるためです。西日本では平安時代初期、東日本では平安末期から鎌倉時代、東北では鎌倉中期、北海道や千島列島では近代まで使われており、「〇〇時代に終了した」と単一の記述をすることが学術的に不可能なため、記述が曖昧になっています。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。