なぜ日本においては、法改正に向けた具体的な国会審議が進まないのでしょうか。そこには感情論だけではない、日本社会の構造的・法倫理的な決定打が存在します。
1. 「家族に迷惑をかけたくない」という同調圧力と滑り坂論(Slippery Slope)
導入反対派や法学者、社会学者が最も警戒しているのが、いわゆる「滑り坂論」です。日本社会には「他人に迷惑をかけてはならない」「家族に介護の負担を強いたくない」という強い文化的規範が存在します。
もし安楽死が法制化されれば、難病患者や重度要介護の高齢者が、周囲の視線や経済的配慮から「生き続けていること自体が迷惑なのではないか」「死を選択しなければならないのではないか」という無言の社会的圧力(自発性を装った強制)に晒される危険性が極めて高くなります。本来は「苦痛からの解放」という個人の権利であったはずの制度が、結果として社会的弱者を排除する手段へと変質するリスクを立法府は強く懸念しています。
2. 日本医師会の倫理規範と「医師への過度な負担」
医療政策の中枢を担う日本医師会は、終末期医療に関する提言のなかで、一貫して積極的安楽死の導入に極めて慎重な立場を崩していません。
医師の基本的使命は「生命の保護と苦痛の軽減」であり、医師に患者の生命を直接絶つ役割を課すことは、ヒポクラテスの誓い以来の医療倫理の根幹を揺るがしかねないからです。現場の医師たちからも「致死薬を投与する役割を担わされることへの心理的トラウマは計り知れない」「医療従事者を死の執行者にしてはならない」という強い拒絶感があり、職能団体としての強い反対意見が法制化議論の大きなストッパーとなっています。
3. 緩和ケア医療の進歩と制度的優先順位
近年の緩和医療の進歩により、終末期がん患者などの身体的疼痛の大部分は、オピオイド系鎮痛薬や神経ブロック、終末期鎮静(セデーション)によってコントロール可能になってきています。「苦痛を取り除くために命を絶つ」のではなく、「苦痛を取り除いて自然な生を全うさせる」ための緩和ケア病棟や在宅医療体制の拡充こそが先決であるという医療行政の方針が、安楽死法制化の優先度を押し下げる理由となっています。