日本近海に現れるカツオ(Skipjack tuna)は、常に泳ぎ続けなければ窒息してしまう高速の回遊魚です。その移動ルートこそが、かつおのたたきが美味しい時期の理由そのものを形作っています。
春先、暖流である黒潮に乗ってフィリピン沖や九州南部から餌(イワシなど)を追い求め、太平洋沿岸を北上してくる群れを「初鰹(はつがつお)」または「上り鰹(のぼりがつお)」と呼びます。初鰹の時期は3月〜5月頃が高知をはじめとする太平洋沿岸の最盛期となり、初夏の訪れを告げる風物詩として江戸時代から「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」と珍重されてきました。
一方、親潮と黒潮が交わる三陸沖や北海道南部まで北上したカツオは、冷たい北の海で豊富なプランクトンや小魚をたっぷりと捕食します。水温の低下とともに丸々と肥え太り、8月下旬から産卵のために南下を開始。10月から11月にかけて再び高知沖などに南下してくる個体が、名高い「戻り鰹(もどりがつお)」あるいは「下り鰹(くだりがつお)」です。
水産庁や海洋生物の調査データによれば、南下するカツオは北上時に比べて魚体が格段に大型化し、皮下のみならず筋肉繊維の隙間にまで上質な脂肪分が蓄えられます。この回遊のドラマがあるからこそ、私たちは春と秋という季節の異なる節目に、性質の全く違うかつおのたたきを愉しむことができるのです。