歴史の教科書を紐解くと、この神社の成り立ちは西暦110年、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の折に富士山を遥拝し、「大鳥居を建てよ」と命じたことに始まると伝えられています。延暦7年(788年)の富士山大噴火に際し、甲斐守・紀豊庭が祭壇を設けて火山活動を鎮めたのが現在の社殿群の基礎です。
2013年には「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」として、富士山世界文化遺産構成資産に正式登録されました。かつて江戸時代中後期に熱狂的な広がりを見せた「富士講」において、信者たちはこの神社を起点として富士山頂を目指しました。本殿の右手奥に佇む「祖霊社」脇の登山門は、まさに俗界から神域たる霊峰富士へと踏み出す境界線そのものです。
さらに、神社の歴史を語る上で欠かせないのが、毎年8月26日・27日に執り行われる「吉田の火祭り(鎮火祭・すすき祭り)」の経緯と歴史です。富士山の噴火を鎮める神事であり、高さ3メートルを超える巨大な筍形の大松明70基余りが本町通りに林立し、夜陰を焦がす炎の帯が立ち込める光景は日本三奇祭の一つに数えられます。富士山の夏山シーズンの終わりを告げるこの神事は、荒ぶる火山神への畏怖と感謝が今なお生きた信仰として受け継がれている決定的な証拠です。