強い光の裏には、当然ながら深い影の時期も存在しました。ファンの間で「しょうれん 氷河期 なぜ」と長年議論されてきた期間――それは主に2015年から2016年、Mr.KINGとして活動していた過渡期に重なります。
当時の様子について、永瀬廉自身も後の雑誌ロングインタビューで「紫耀とまともに目も合わせず、会話もしなかった時期があった」と赤裸々に語っています。この永瀬廉 平野紫耀 不仲説の真相は、人間的な嫌悪ではなく、思春期特有の劣等感と焦燥感にありました。圧倒的なスター性と身体能力を持ち、いきなりセンターに抜擢された平野に対し、永瀬は自身の立ち位置に苦悩し、強烈なコンプレックスを抱いていたのです。一方の平野もまた、常に期待の先頭に立たされる重圧に押し潰されそうになっており、互いに歩み寄る余裕を失っていました。
しかし、この氷河期を終わらせたのは、デビューを目前にした時期の徹底的な対話でした。腹を割ってぶつかり合い、互いの弱さを認め合ったことで、2人の結びつきは「ただの仲良し」から「大人の戦友」へと昇華したのです。
そして2023年、日本中に衝撃を与えたKing & Princeの分裂劇。このキンプリ 脱退理由を「メンバー間の不仲」と結論付けるのは完全な誤謬です。平野紫耀、神宮寺勇太、岸優太が求めた「海外進出へのスピード感とグローバル水準の楽曲制作」と、永瀬廉、髙橋海人が重んじた「国内ファンへの丁寧な還元とジャニーズ(当時)の伝統継承」。目指すべきエンターテインメントのスケールと到達ルートの違いが生んだ純粋な価値観の分岐であり、憎しみ合って別れたわけではないことは、脱退直前まで見せていた5人の強い団結力を見れば明白です。