社伝によると、主祭神である大吉備津彦命は朝廷の命を受けて吉備の国へ下向し、この地を支配していた鬼の首領・温羅を討伐したとされる。これが世に知られる桃太郎伝説の原型だ。だが、現地で語り継がれる伝承の質感は、単なる勧善懲悪の枠に収まらない。
温羅は製鉄技術や治水事業をもたらした渡来の英傑であり、地元の人々に繁栄をもたらした恩人でもあった。NHKの『歴史秘話ヒストリア』でもかつて掘り下げられたように、勝者と敗者の双方が手を取り合って祀られる点に、吉備の信仰の特異性がある。討たれた温羅の首は地中深くに埋められ、今も吉備の安寧を見守っているという。歴史民俗・社寺巡礼に熱中する研究者や愛好家がこの地を絶え間なく訪れるのも、そうした古代人の祈りの重層性に心を揺さぶられるからにほかならない。