Q1:江戸時代の入浴料金(8〜10文)は現在の日本円でいくらくらいですか?
A1:当時の物価換算は品目によって異なりますが、かけそば1杯(16文)の約半分、米価や大工の日当基準で換算すると約200円〜300円前後に相当します。庶民が毎日通える非常にリーズナブルな生活必需インフラでした。
Q2:なぜ朝風呂に入る習慣が生まれたのですか?
A2:魚河岸の商人、大工や火消しなどの職人は早朝から激しい肉体労働に従事していたため、仕事終わりに汗と汚れを流す習慣がありました。また、沸かしたての「一番風呂」に入ることを「粋(いき)」とする江戸っ子の気風も朝風呂文化を後押ししました。
Q3:石榴口はいつ頃なくなって現代のような明るい銭湯になったのですか?
A3:明治時代初期の1877年(明治10年)頃、東京府が衛生改善と風紀粛正を目的に発令した「湯屋取締規則」等により石榴口の撤去が命じられました。これにより天井が高くガラス窓から光が差し込む「改良風呂」が普及し、現代の銭湯様式へと進化しました。