未解決問題の歴史は、孤独な天才たちが自らの人生を賭して挑んだ格闘の歴史でもあります。数ある超難問の中で、数学の未解決問題が解けた人の代表格として世界に衝撃を与えたのが、ロシアの奇才グリゴリー・ペレルマンです。
1904年にアンリ・ポアンカレが提示した「単連結な3次元閉多様体は3次元球面と同相である」というポアンカレ予想は、世紀を跨いでトポロジー(位相幾何学)の巨匠たちを葬り去ってきました。多くの数学者が幾何学的アプローチで行き詰まる中、ペレルマンは物理学の熱伝導方程式を応用した「リッチフロー」と呼ばれる微分幾何の手法を用い、特異点を手術(切断・修復)しながら宇宙の形を分類しきる離れ業を成し遂げました。
2002年から2003年にかけて査読誌ではなくプレプリントサーバー(arXiv)に突如投稿されたペレルマンの論文は、世界の専門家チームによる数年間の徹底検証を経て完全な正しさが認定されました。しかし、ペレルマンは2006年のフィールズ賞受賞を拒否し、2010年にクレイ数学研究所が決定した100万ドルの賞金受取も拒絶しました。
「私の証明が正しいなら、賞など必要ない。宇宙の真理を理解できたこと以上に欲しいものはない」という趣旨の言葉を残し、サンクトペテルブルクのアパートに隠遁した彼の態度は、名声や金銭とは無縁な純粋数学の求道者像として世界中に報道されました。
また、358年間にわたり人類を惑わせたフェルマーの最終定理の経緯も、劇的なドラマに満ちています。17世紀の裁判官ピエール・ド・フェルマーが書き残した「$x^n + y^n = z^n$ ($n \ge 3$) を満たす自然数解は存在しない」というメモに対し、イギリスのアンドリュー・ワイルズは7年間の完全な秘密研究の末、日本の数学者(谷山・志村)が提唱した「すべての楕円曲線はモジュラーである」という予想を証明することでフェルマーの定理を打ち破りました。途中で見つかった致命的な論理の欠陥を、元教え子のリチャード・テイラーとともに克服したワイルズの手記には、暗闇の中で手探りを続け、最後に光が差し込んだ瞬間の震えるような感動が記されています。