歴史上の偉人伝において、ワットに関する最大の誤解は「少年のころに台所でヤカンの蓋が持ち上がるのを見て、蒸気の力に気づいて蒸気機関を発明した」という逸話です。現在でも児童書やインターネット上のまとめ記事で見かけるエピソードですが、これは後世の伝記作家によって創作された完全なフィクションであることが歴史学的に証明されています。
真実は先述の通り、すでに鉱山で稼働していたニューコメン機関の模型修理を通じて、徹底した熱損失の計算と潜熱理論の応用から導き出された極めて論理的・学術的なアプローチでした。ワットはひらめき一発の直感型発明家ではなく、緻密な測定と数値を信奉する科学的技術者だったのです。
また、もうひとつの見落とされがちな盲点は「ワットによる強固な特許防衛が、一時的に技術革新のスピードを鈍化させた」という事実です。ワットとボールトンは復水器に関する包括的な基本特許を武器に、競合他社を徹底的に訴追しました。高圧蒸気機関の研究を進めていた若手技術者たちの参入を阻んだ側面があり、彼らの特許が切れた1800年以降に蒸気技術が爆発的な多様化を遂げた事実は、知的財産権の保護と産業発展のバランスという現代に通じる深い教訓を突きつけています。