新国立競技場を語る上で避けて通れないのが、2015年7月に起きたコンペ当選案の白紙撤回劇です。当初採用されたイラク出身の世界的建築家ザハ・ハディド氏のデザインは、巨大なキールアーチが宙を舞う流線型の近未来的な造形美で高い評価を受けました。しかし、特殊な構造ゆえに見積もり総工費が約2,520億円にまで膨張し、工期の長期化や神宮外苑の景観破壊に対する国民的な批判が噴出。当時の安倍晋三首相が計画の白紙撤回を表明する異例の事態へと発展しました。
再公募の結果、建築家・隈研吾氏と大成建設、梓設計の共同企業体による「木と緑のスタジアム」を掲げたA案が採用されました。この設計変更の最大の眼目は、徹底したコスト管理と工期短縮にありました。確定した総工費・建設費は約1,569億円に圧縮され、国家的な公約であった予算上限枠(1,590億円)の範囲内に収める形で2019年11月に竣工を迎えました。
隈研吾氏が主導した設計の特徴は、全国47都道府県から調達したスギやカラマツなどの国産木材をルーバー(羽板)として多用している点にあります。外周部に張り巡らされた「風の大庇(ひさし)」は、神宮外苑の自然風をスタジアム内部へと効率的に取り込み、冷房設備に頼りすぎない熱中症対策と環境負荷低減を両立させています。巨大なコンクリート構造物を威圧的に見せず、日本の伝統的な木造建築の意匠を現代の大規模スタジアムへと昇華させた試みは、国内外の建築関係者から高い評価を獲得しています。