熱中症対策として持ち歩く人が増えたタブレットですが、摂取方法を一つ間違えると「熱中症の症状を自ら加速させる」という皮肉な事態に陥ります。その最大の原因は、消化管内で発生する浸透圧の急激な変化にあります。
人の身体は、体液の塩分濃度を約0.9%という極めて狭い範囲に保つよう精密にコントロールされています。汗を大量にかくと水分とともにナトリウムが失われますが、そこで水分子を伴わずに高濃度の塩分を含んだタブレットだけを胃に放り込むとどうなるか。消化管内の浸透圧が一気に跳ね上がり、濃度を薄めようとして周囲の血管や細胞組織から消化管内へと貴重な水分が引き出されてしまうのです。この現象は医学的に「消化管内への水分シフト」と呼ばれ、血中循環血液量を急速に減らし、結果として脳や筋肉への血流を阻害して熱中症症状を悪化させます。
救急救命の現場医師は「屋外で倒れた患者のポケットから、噛み砕かれたタブレットの包み紙が大量に出てくる事例が後を絶たない」と証言します。喉の渇きを潤す代わりにお菓子感覚でタブレットを口に放り込み、水筒の水を飲まないまま作業を続けた結果、極度の脱水に拍車をかけて救急搬送されるケースが毎年報告されています。
さらに見過ごせないのが、塩分タブレットの食べ過ぎによる危険性です。一般的な製品には、1粒あたり0.1〜0.15g程度の食塩相当量が含まれています。厚生労働省が定める日本人の食事摂取基準において、1日の目標塩分摂取量は成人男性で7.5g未満、女性で6.5g未満、高血圧患者では6.0g未満とされています。普段の3食からすでに十分な食塩(平均約10g)を摂取している現代人が、大して汗もかかない室内で「予防になるから」と1日に何粒も摂取すれば、容易に塩分過多を引き起こします。これが続くと血管収縮を招いて血圧が急上昇し、腎臓へ過度なろ過負担をかけるだけでなく、心臓疾患の引き金にもなりかねません。
製品がもたらす塩分補給タブレットの効果と理由は、あくまで「激しい発汗によって体液量が減少し、低ナトリウム血症(水中毒)に陥る危機を回避すること」にあります。汗をかいていない状態での摂取は、身体にとって害毒になり得るという生理学的メカニズムを、まずは正しく認識しなければなりません。