第二次世界大戦後の日本の歩みも、賠償金のあり方を考える上で欠かせない。1951年に署名されたサンフランシスコ平和条約の第14条では、日本が被害国に対する賠償義務を負うことが明記された。しかし、第一次世界大戦の失敗を繰り返さないという連合国側の意向もあり、日本の経済的自立を妨げない形での現実的な清算が模索された。
日本は東南アジア諸国との間で個別の二国間協定を結び、金銭の直接支払いに加え、現物供与や技術指導、インフラ整備を通じた支援、いわゆる「準賠償」を含めた形で義務を果たしていった。
戦後復興を遂げた日本がアジア各国のインフラ構築に関与したプロセスは、後の経済協力や貿易関係の基盤となった。国際連合の枠組みや国際社会への復帰を果たす中で、過剰な懲罰を避けて経済的再建を優先させた枠組み設計が、東アジア全体の安定に一定の寄与を果たしたと言える。