「突然の顔面麻痺や耳の激痛に襲われたとき、頭に何が起きているのか」。多くの患者が初めに抱く恐怖の根本には、体内で長年眠っていたウイルスの存在があります。ラムゼイハント症候群の真の病因は、幼少期に罹患した「水ぼうそう(水痘)」の病原体である水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化です。
水ぼうそうが治癒した後も、ウイルスは体内から完全に消滅するわけではありません。頭蓋骨の内部、側頭骨の細い骨トンネル(顔面神経管)の近くにある「膝神経節」という神経の結節部に、数十年にわたって潜伏感染し続けています。通常は宿主の免疫力によって活動が抑え込まれていますが、過労や極度の精神的ストレス、加齢、あるいは大病後の免疫低下を契機にウイルスが突如として増殖を開始。神経線維を伝わって暴れ出し、周囲の組織に激しい炎症と浮腫(むくみ)を引き起こします。
顔面神経が通る「顔面神経管」は強固な骨に囲まれた極めて狭い空間です。炎症によって神経が腫れ上がると、自らを取り囲む骨の壁によって締め付けられ、血流が途絶する「コンパートメント症候群」に似た虚血状態に陥ります。この絞扼(こうやく)が短期間で神経線維を不可逆的な変性に追いやるため、顔の筋肉へ信号が届かなくなり、突如として顔面の半分が完全に下垂する麻痺症状が引き起こされるのです。
さらに、顔面神経のすぐ近傍を走行する第VIII脳神経(内耳神経)にも炎症が波及しやすいため、耳介や外耳道の強い痛み(耳痛)だけでなく、激しい回転性めまい、難聴、耳鳴りといった耳性帯状疱疹特有の過酷な複合症状が一気に噴き出します。単なる疲れ目や一時的な表情のこわばりと軽視できない決定的な理由がここにあります。