サラエボ事件をわかりやすく整理すると、オーストリア・ハンガリー帝国の後継者であるフランツ・フェルディナント大公とその妻ソフィーが、ボスニアのサラエボ訪問中に銃撃され命を落とした暗殺テロ事件です。
当時、オーストリアが併合していたボスニア・ヘルツェゴビナには多数のセルビア系住民が暮らしており、強烈な反オーストリア感情が渦巻いていました。そこへ乗り込んできた皇太子夫妻に対し、弱冠19歳のセルビア人青年ガヴリロ・プリンツィプが至近距離からピストルを連射したのです。
この事件単体で見れば「一地方都市で発生した要人暗殺」に過ぎませんでした。しかし、当時張り巡らされていた複雑な同盟関係(三国協商と三国同盟)と大国間の利害対立が連鎖反応を引き起こし、結果として第一次世界大戦という人類史上空前の惨劇を招く決定的な契機となりました。