荒川区南千住に位置していた大門小学校が閉校に至った最大の要因は、昭和後期から平成にかけて進行した急激な少子化と、それに伴う児童数の減少でした。荒川区教育委員会の記録によると、南千住周辺はかつて製造業の工場や下町の住宅街が密集し、子どもたちの活気に満ちていたものの、産業構造の変化とともにファミリー層の転出が進み、各学年の単学級化(1クラス編成)が常態化していきました。
さらに決定打となったのが、南千住北部・東部における「汐入地区の大規模土地区画整理事業」です。タワーマンション群の建設によって汐入エリアに若い子育て世代が一気に流入し、新設された汐入東小学校や既存の汐入小学校に児童が集中する一方、旧来の下町市街地に位置する大門小学校は学校規模の適正化という課題に直面しました。
教育環境の充実を図るため、荒川区は「南千住地区学校再編計画」を策定。単なる廃校ではなく、周辺校との機能統合および新たな教育インフラの再構築という方針のもと、大門小学校はその長い歴史に幕を下ろすこととなりました。