原作小説と映画版の最大の違いは、登場人物たちの「内面の陰影」と「泥臭い人間関係の力学」にあります。美麗なファンタジー映画として再構成された映像美の裏側で、原作小説には現代文学にも匹敵する重厚な人間ドラマが刻まれていました。
その筆頭が、セブルス・スネイプの過去とリリーへの想いにまつわる描写の深さです。映画版ではアラン・リックマンの名演によって「気高き悲劇の騎士」としての側面が際立ちましたが、原作でのスネイプはより生々しく、倫理的な危うさと消し去れない後悔を抱えた人物として描かれています。
スネイプがヴォルデモートのもとへ走り、死喰い人となった決定打は、スリザリン寮内の純血主義仲間からの承認欲求と、自らの劣等感にありました。最愛のリリーから「穢れた血」と罵った過去の失言を拒絶され、取り返しのつかない孤立を選んだ結果が、予言の密告という惨劇を招きます。ダンブルドアとの密会でスネイプが流した涙は、純粋な愛の証明であると同時に、己の愚行に対する耐え難い自己嫌悪の発露でもありました。
さらに原作では、スネイプの死後にハリーが次男に「アルバス・セブルス」と名付けるに至る心理的葛藤が、7巻全体を通じて入念に準備されています。スネイプがハリーを憎みながらも守り抜いたのは、ハリーの中に「ジェームズの傲慢さ」を見出す一方で、「リリーの緑の瞳」を直視せざるを得なかったからです。この極限のアンビバレンス(両価性)こそ、J.K.ローリングが原作テキストに込めた最大の文学的達成といえます。